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皇室御用達商品購入時のご注意

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 日本人の精神に脈打っている『茶道』。現在の茶道を大成したのは、みなさんもご存知の「千利休(せん・りきゅう)大永2年(1522年) - 天正19年2月28日(1591年4月21日)」です。『一期一会』で有名な人ですね。茶道をしっかりと学ぶ人は、お客への気配りが良くなるそうです。それは形式ではなく、様々な所に気配りを大切にする茶道の精神を継承しているからではないでしょうか。釜をかけてお客を招き茶を点てる流れの中に、様々な気配りが存在します。一見堅苦しく見える作法にも、「動きにさえ気配りを」と言った日本人ならではの精神が息づいているわけです。お客の作法は最低限分かれば直ぐに飲む事ができます(私なんか、何も知らずに御点前の席に行き、そこで聞きながら頂いたくらいです)が、主人側になろうとすると長年の修行が必要でしょう。後述もしますが、茶道は「客には基本的に誰でもウェルカムで、主人への気配りには厳しい」ものです。

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 「茶を飲む」習慣は、奈良時代に中国から伝わりました。聖武天皇時代の文献に『行茶』という儀式を行っていた記述が最古と言われています。
  日本でお茶の栽培が始まったのは平安時代からでした。最澄が茶株を持ち帰り、比叡山に植えた記述が最古ですね。最澄が植えた茶株は現在も比叡山で天然記念物としてすくすく育っています。しかしこの当時は、お茶と言えば薬の一種で非常に高価。とても道楽で飲めるものではありませんでした。
  『お茶を楽しむ』風習ができたのは鎌倉時代の後半から室町時代に入ってからでした。大陸で陶器の生産が盛んになった影響とも言われています。当時お金を持っていたのは武家であった事から、武家の間で茶を楽しむ発想が生まれ、室町時代に入ると商人や町人にまで広がりました。この時期はまだ「精神性」「文化性」といったものではなく、武家は「茶道具を自慢する」「利き茶賭博をして遊ぶ」商人は「お茶を出して自慢する」といった程度のものです。
  室町時代後半の足利義政政権時代、村田珠光が『茶の湯』というものを創りました。これが茶道の原点といわれています。『草庵』『四畳半茶室』『禅思想』を考え出し、わび茶として定着させていきます。この精神を受け継いだのが、千利休の師匠武野紹鴎です。「枯れかじけ寒かれ」との茶の湯の境地を目指し、お茶文化に改革を起こしていきます。草庵建築にすのこ縁・檜柱・床の広さ等のルールを確立したりもしました。
  安土・桃山時代に入り、千利休が登場すると、茶の湯が一気に精神性を帯びるようになります。利休を詳しく記した『山上宗二記』によると、徹底した禁欲主義だったといいます。大名の間で長年流行した『茶器収集』を否定し、『侘び・寂び』にこだわりました。有名な逸話として、黄金の茶室を作った秀吉が利休に茶を立てさせた時、利休が秀吉に差し出した茶器が安物だった事が残ってますね。又、武野紹鴎がルール作りをした草庵建築も大成させていきます。茶室の広さを二畳とし、窓や縁側、庭などを取り入れました。又花入・茶勺なども考案しました。
  利休の時代に町人文化として大成しつつあった『茶の湯』が大名の間にも広がっていきます。明日死ぬかもしれない戦国武将の状況が、禅宗の人生観を土台にした『茶の湯』の精神と共鳴しあったとも言われていますが、いづれにせよ蒲生氏郷、細川三斎、牧村兵部、瀬田掃部、古田織部、芝山監物、高山右近ら利休七哲と呼ばれる弟子達の多くは武将でした。又、小堀遠州、片桐石州、織田有楽ら流派をなす大名も現われはじめます。
  江戸時代に入ると、千家が3つに分かれます。利休から続く抹茶を使用した裏千家・今日庵、煎茶を中心に点前を行う表千家・不審庵、公家に点前を行う武者小路千家・官休庵です。流派まで入れると相当数になります。また、この頃になると門下も多くなり家元制度が導入されるようになりました。
  明治時代、『茶の湯』は岡倉天心がアメリカで『THE BOOK OF TEA』(邦題:『茶の本』)を出版した事で欧米文化にも紹介されました。これが、海外がイメージする日本文化の原型ともなっていきました。

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『一期一会』・・・『山上宗二記』に「一期に一度の会」とあり、それが茶の湯を代表する言葉となった、といわれていますが、この言葉を定着させたのは井伊直弼だったようです。この精神は、ご存知のようにお客をもてなす時の精神を表し、『この出会いが一度しかないと思って、最大のもてなしをする』といった茶道の精神を表しています。
『喫茶呼』・・・茶道は、冒頭で紹介した通り、お客に対しては『誰でもウェルカム』です。今で言えばコンビニ状態か喫茶店状態でしょうか。この精神を言い表した言葉が『喫茶呼』だそうです。
『利休七則』・・・ 千利休に対し、ある人が「茶道とは何ですか、教えてください」と尋ねました。 それに対し利休は、「茶は服のよきように」「炭は湯の沸くように」「夏は涼しく、冬は暖かに」 「花は野にあるように」「刻限は早めに」「降らずとも雨の用意」「相客に心せよ」、この七則がすべてですと応えました。自然体で飾らず、どこまでもお客を中心に物事を考える、利休らしい考え方ですね。
『和敬清寂』・・・茶道とは「もてなし」と「しつらい」の美学だと、裏千家HPに書いてありました。それによると「 亭主となった人は、まず露地(庭園)をととのえ、茶室の中に、掛物や水指・茶碗・釜などを用意して、 演出の準備をしなければなりません。これらはすべて日本の風土が育んできた文化的な結晶といえるものばかりです。 だから茶道とは「日本的な美の世界」だということができます。そして亭主と客の間に通う人間的なぬくもりが重要な要素となります。 それを「和敬清寂」の精神といいます。」
「和」は協調、「敬」は尊敬、「清」は心身共に清らかに。「寂」は何事にも動じない心だそうです。